クロエ マーシー バッグ
null
null 拓一が言った。 「あんな火の噴き出すところに、姉ちゃんはいたんだもなあ」  それは佐枝も、夕方の爆発の時に言った言葉だ。噴煙の高く噴き上がる空を見上げて、草原に坐りこんだまま佐枝は言った。 「富が、あんな火口のすぐそばに……」  言った言葉はそれだけだった。が、今まで佐枝は、そんな言葉さえ、自分から出すことはなかった。だから耕作は、その佐枝の言葉がうれしくて言った。 「母さん、武井の兄さんは、あのそばの旧火口の中で、硫黄を取っていたんだよ。そんなにまでして硫黄って取らなきゃあならんものかなあ」 「人の命を、そんなに粗末にしては……」  佐枝の語尾が消えた。  今日、佐枝に対する耕作の気持ちが少し変わっていた。佐枝は今日の爆発の時、七輪に唐黍をゆでる鍋《なべ》をかけていた。七輪には火が燠《お》きていた。その七輪を、佐枝は咄《とつ》嗟《さ》の間に外に出し、その上に空いた鍋を逆さに伏せた。ひっそりと、口数少なく生きている佐枝は、耕作にはもの足りぬ母親だった。が、その母が、火の始末を沈着に、しかも機敏にしたことは、耕作を驚かせた。自分は母を誤解しているかも知れないと耕作は思った。口数が少ないということで、知らず知らずのうちに耕作は、母への不満と、そして母を軽んずる気持ちが湧《わ》いていたように思う。  そんなことを思っていた時、 「お晩です」  と、戸口で声がした。隣家の村長、吉田貞次郎の声であった。吉田村長は、春の爆発以来、帰宅はいつも夜だった。時には夜半に帰ることもあると聞いている。ランプの灯《あか》りがついていると、通りがかりに声をかけてくれることもある。  ここに移ってから、耕作たちは、吉田村長の人となりを知って、次第に深く敬愛するようになっていた。 「まあ、今お帰りですか」  佐枝が立って行った。拓一も立ち上がりながら、 「村長さん、今日の爆発は驚きましたねえ」  と、大きな声で言う。 「ああ、驚いた、驚いた」